作り手の声:漆芸作家 田中瑛子さん vol.2(JP ONLY)
HULS Gallery Tokyoにて2023年12月8日から23日まで開催中の漆芸 田中瑛子 作品展『Art & Object』。石川県加賀で活動する田中さんは、木地挽きから漆塗りまでを手がけ、独自の感性で美しい形姿の作品を生み出しています。HULS Gallery Tokyoでは3回目となる今回の企画展に合わせて、見どころや新作についてお話を伺いました。
*前回の企画展でのインタビューはこちら
- 今回の展示テーマ「塊」について教えてください。
漠然としていますが、シンプルな形としての「塊」というテーマは私の中心にずっとあるものです。この道に入って20年くらいになりますが、好きだなと思う形は初期の頃からあまり変わっていません。ただ、ラインの精度など好きな形に対する表現力はどんどん上がっていて、より自分らしい世界観を出せるようになってきました。今回の「塊」というテーマは原点回帰の要素を含んでいて、今までの流れとともに次のステップへの一つの芽のようなものを感じていただきたいです。割れや欠けのある椀木地に黒漆を塗った《烏合》が《卵箱》という作品になったように、シンプルな形として生み出したものに用途を与えて箱やお皿ができることもあり、今の形からも新たな展開が出てくると思います。
- シンプルな形を生み出す上で難しさはありますか。
繊細な形への憧れは確かにあるのですが、本当に好きなのはただの丸だったりするんです。そこから自分の好きな線を見出してきました。ろくろによる木地挽きはスピーディーな作業なので、勢いで感覚的に削り出しているところがあります。それがシンプルな形を生み出すときの強さになっている気がします。例えば、定規を使わずに線を引くとき、勢いよく書いた方が綺麗な線が出たりしますよね。一本の線の強さは、木地挽きならではのものだと思います。
- 新作の《蟠桃》や《鹿鳴》について教えてください。
シルエットを重視した、用途の見えにくい形が最近すごく好きです。《蟠桃》は、元々は赤血球のようなものをイメージしていて、ずっと作りたいなと思っていた形です。薄さや持ったときの軽さなど使うことを優先して考えると器に向いていないと思い、やってこなかったのですが、逆にここまで厚みや重さを出しても木だから使えるのではと、ギリギリのところを攻めた作品です。これが鉄や焼きものだったら、きっと重くて使いにくいですよね。今回作ってみて、触ったときのしっとりとした曲線や手に収まる感覚は、私が大事にしているテーマをきちんと体現していますし、新しい形に挑戦できてよかったなと思っています。漆を塗っているときも違和感なく作業が進められるので作っていて楽しいです。
その対極にあるのが重箱の《鹿鳴》で、シルエットはすごく好きなのですが、作業としては工芸的な要素が強く、蓋と身をきちんと合わせてアウトラインを整えたりと一つ一つ正確に積み重ねていかなければなりません。感覚的にやっていた《蟠桃》とは、脳みその使い方が真逆という感じです。
- 《卵箱》についてはいかがでしょうか。
《卵箱》は初期の頃に作った原型があるのですが、塗りの色合いが気に入らなくてそのままにしていました。赤と黒の塗り分けは修正が利かず、一発で決めなければいけないのですが、それを失敗したゆえに、見たくなくて隠していたんです(笑)。上下のバランスもまだ幼くて。そこからもう一回チャレンジしてみようと、今のレベルで作り直したのが今回の《卵箱》です。今できる限りの、納得のいく作品になったと思います。仕上がりに関しては毎回もっと上手く表現できるような気がするのですが、今の私はここまでだということもやっぱりわかっていて。そのせめぎ合いを繰り返しながら制作しています。やればやるほど新たな課題や自分の表現したいものが出てくるけれど、その中での今をお見せしています。それはクオリティが低いということではなくて、自分が追いかけるものの限界点みたいな感じです。
- 《雪の下》や新作の《殖》など、地の粉 ※1を使った作品についてもお聞かせください。
地の粉は、耐久性を高めるため器の内側などに使い始めたのですが、木や漆のツルツルと地の粉のザラザラというテクスチャーの二面性が面白く、用途のためではない表現として使ってみたいなと思い、外側に付けたり模様をアレンジしたりするようになりました。ペーストの地の粉はもったりとしていて独特の固さがあり、時間の経過とともに漆の硬化が始まってしまうので速く作業しなければならず、その中での調整に毎回苦労しています。《殖》は、あるとき地の粉を塗りつけたら面白く弾いたところがあって、この模様から一つの表現を作ってみようと調整してできた作品です。久しぶりに蒔絵道具なども使いながら、実は小さな細工をたくさんしています。偶然出てきた模様ですが、自分らしい表現になったなと感じています。
※1 珪藻土を蒸し焼きにして粉末にしたもの。これを生漆や糊と混ぜ、一般的に下地漆として使用する。
- 制作する中でこだわったところはありますか。
昔は木の模様が美しいところをどうやって綺麗に見せるかということを考えていて、例えば杢目が多いところは模様が映える黒、少ないところは赤というように、木をそのままアップデートする感覚で色や形を選んでいました。でも今回は、逆のアプローチも試しています。杢目がよく出ているところに赤を塗ってもいいんじゃないかとか、スポルテッド※2 の線は多い方がいいと思っていたけれど、《殖》のような模様には線が少ない部分を生かそうとか。その方がバランスよく見えるからです。木の持つ良さは、固定観念で決めていたルールを外して、もっと自由な捉え方をしてこそ、本当に引き出せるのではないかと思うようになりました。修行時代はたくさん吸収しなければと必死でやっていましたが、最近は吸収してきたものを外す作業が多くなってきました。それを繰り返して最後に何が残るのか、自分にとって本当に大事なものは何なのか、感覚を研ぎ澄ませていく必要があるなと。その先に自分が本当に作りたいものや自分にしか作れないものが見えてくると思っています。
※2 木の傷から菌が侵入してできた黒い線状の模様。
- 最後に、お客様へメッセージをお願いします。
今年は怒涛のように駆け抜けた一年で、無事に年内最後の展示ができてとても安堵しています。この一年で得た発見や新しい展開へのヒントのようなものが詰まった展示になっていると思うので、そういうところを見ていただけたら嬉しいです。
田中瑛子さんコレクションページ:
https://store.hulsgallerytokyo.com/collections/eikotanaka