作り手の声:漆芸作家 田中瑛子さん
HULS GALLERY TOKYOでは2021年12月10日から25日まで、加賀で活動する漆芸作家、田中瑛子さんの個展「暁まで」を開催いたしました。その関連企画として、Zoomで田中さんのアトリエ訪問を配信。本インタビュー記事は、その内容をもとに作成したものです。
-愛知県のご出身とのことですが、石川県で活動されるようになったのはいつごろからですか?
大学で漆を始めて、より作品のクオリティを上げていこうと思い、卒業後に石川県へ移住しました。
-石川県は木地挽きが有名ですが、それを学ぶのが目的だったのでしょうか?
そうですね。大学時代のもどかしさは、形を自分で作れなかったことでした。そこ(木地挽き)を自分でやれてこそ、より自分の感覚が活きてくるのではないかということで、この場所を見つけました。
-そこで、木地挽きから漆塗りまでを手がける瑛子さんのスタイルができあがったのですね。プロフィールによると、2012年に独立され、「工房あかとき」を設立。その後、東京、NY、インドネシアなどの海外でも展示・技術指導されています。
はい。日本の伝統技術はなかなか外に出ることがありません。でも、外国の職人さんは興味をすごく持っていたりする。そこに新しい道があったと言えるかもしれません。交流することで私自身も刺激を受けます。私が自由な形の漆器を作るようになったのも、それまで日本の伝統的なルールを意識する生活しかしていなかったけれど、海外に行って、海外の自由な発想に刺激をもらったからです。
-私たちも瑛子さんとシンガポールで出会いました。2018年の後半くらいでしたね。そのときをきっかけに、色々な作品を見せていただいて。シンガポールで作品を展示・販売し、その後、東京でも作品展をさせていただきました。
2019年には、石川県の加賀でご自身の「Gallery and Salon 漏刻」をオープンされました。どのようなきっかけだったのですか?
日本文化やその中で作られる日本的なものを、もっと広い意味で体感してもらいたくてこのギャラリーを作りました。だからこのギャラリーでは作品の展示だけでなく、体験していただくために、食事を含めたさまざまなものを組み合わせて色々な方と交流できたらと思っています。今ギャラリーに使っているこの建物も昔ながらの日本家屋で、蔵があったりします。築100年くらいと聞いています。加賀という場所がより魅力的になるような場所を作りたいなと。そこで一緒に私の作っていくものを発信したいと思っています。
-作品の木の素材はすべて栃でしょうか?
栃が多いですが、ごく稀に木目を魅力的に感じて、他の木を取り入れたりします。
-瑛子さんの作品を見ていると、栃が本当にお好きなんだなと感じます。
栃は木の表現がとてもユニークなので、同じようなものがないんですね。一つ一つに向き合う感覚が好きなんです。すごく時間をかけて、こだわったものを一点一点作っているので、お客様にもそれだけ可愛がっていただきたいですね。一点一点こだわったところを見てくれるお客様を大事にしたいと思っています。お客様には、「誰でもいい」ではなく、「あなただから」と言っていただけたら嬉しいです。そういう個性を持った器たちを作っていきたいです。
-漆塗りと木地挽きをする時期は分かれているのでしょうか?
漆は、木地を1ヶ月くらいかけて30から40作ったら塗り始めます。漆は少しずつの作業なので、漆をやりながらも木地の作業は続けていく感じです。1日の中に漆の時間と木地の時間があって、それがいい気分転換になっています。
-作品づくりのインスピレーションはどこから受けますか?
インスピレーションというよりは、最初のイメージは漠然としているけれど、それをスピーディーに出せるのは木地挽きだったりするんですよね。こんな曲線がいいなくらいしか考えていなかったりするけれど、それを漆を塗っていく段階になってイメージが自分に返ってくるときがあるんです。花に見えるなとか、言葉が浮かんで来たり。最初からイメージができているというより、最終的にこういう形に落ち着いたという感じです。大事に育てた感覚を残しながら、少しずつ作り上げていくことの繰り返しです。なので同じタイプの作品を作っていても半年後には違う線が入っていたりする。あまり堅く考えていません。
-日常の色々なところでインスピレーションを受けているんでしょうね。
そもそも漆というものに興味を持ったきっかけも色なんですね。なんとなく自分の好きな色のイメージが漆のなかにあったので、そこから入っていきました。絵を描かない理由もそこかもしれません。何も考えずに作っていても、そこは根源的に自分が間違いなく大事にしているところです。普段の生活では気づいていないけれど、それを切り取ったものが足跡になっていると思います。
-今回の展示では新作も多数展示しています。表現の幅をますます広げていらっしゃいますね。
自分が何をできるか、制限を作りたくないんです。自分は職人ではなく作家。守るべき部分は自分で決めているので、その上で可能性を広げていきたいです。今からの時代、「多様性」が一つ大きなテーマとしてある中で、逆に「個性」が意識されるようになっているように思います。個性を出していかないと埋もれてしまう。そういうときに、日本の文化や古くからあるものは強いものを持っているので、それを発信していくことは我々の使命。やりがいを感じる職業だなと思います。そういうところを、これから私が何をしていくかということと絡めて考えていきたいです。
職人時代に、受け継いできたものを自分がどう受け継いでいくか、次の世代に伝えていくかを大事にしなさいと言われてきました。教え方も昔よりたくさんあるんだろうなと。一概に答えを一つ言うだけではなく、「こういうスタイルもあるけどあなたは?」というところが大事なんじゃないかと思います。そうしないと機械と同じになってしまう。人が作る意味は何かを考えていかないといけないと思います。
-2021年の新作「可(べく)杯 桃酔」について、お話を聞かせてください。
私の器作りでは、使ってないときにオブジェとして楽しんでいただくというのがテーマでもある。良いものをしまっておいて、見えないところに隠しておくのは日本らしいところでもありますが、海外の方は器とか美しいものをお部屋に飾ったりする。その感覚を日本の要素に取り入れてもいいんじゃないかなと思い作った新作です。
-2021年の新作「緋映」も印象に残る素敵な作品と感じました。
以前に、ワイングラスを作らないんですかと言われたことがあるんです。その時は、ワイングラスはワインの色が見えた方がいいでしょと思っていて、作ることを避けていました。でも最近、日本酒をテーブルで飲むことが増えてきて、ぐい呑だと他の器とサイズ感が合わないこともあると感じるようになりました。日本酒を違う意味で楽しめるなら足つきでもいいかなと。考えを変えてこのシリーズを作ってみました。口当たりも漆器の酒器としての魅力です。削る角度や色の入れ方も一つ一つの木目を見ながら決めているので、まったく同じものはありません。
-最後に、HULS GALLERY TOKYOで開催中の個展「暁まで」について、お話いただけますか。
この二年間のコロナ時代に作ったというのが大きいです。家にいる時間が多かったので、表現したいものや何を美しいと思うかなど、じっくりと自分を見つめ直しました。やりたかったけどできていなかったことをやれた。今まであった制限が無く、時間も気にせず、素直にやりたいことができた。以前よりも自分を表現できたのではと感じています。
田中瑛子さんコレクションページ:
https://store.hulsgallerytokyo.com/collections/eikotanaka