作り手の声:塗師 冨樫孝男さん

HULS Gallery Tokyo にて 2022 年 3 月 5 日から 19 日まで開催された、福島県会津若松の塗師 冨樫孝男さんの作品展『古今折衷』。塗師になって今年で 30 周年という冨樫さんに、本展の見どころやご自身の制作活動についてお話を伺いました。

- 会津に工房を構える「塗師一富」の 3 代目当主である冨樫さん。まずは、塗師として活動を始めたきっかけや、現在に至るまでのご来歴について教えてください。

小さい頃から漆に触れていて、自宅の隣にあった工房でよく遊んでいました。父や祖父は請負の専門職人で、父からは「跡継ぎになれ」と言われていましたが、自分は継ぎたくないと思っていて、断固拒否していました。

そんな中、高校 2 年の夏休みに、父から「日本で一番腕がいいと思う職人さんが木曽にいるから、一度会ってみてくれないか」と言われました。「それでも気持ちが変わらなかったら、跡を継がなくていい」と。「これで断れる!」と思い、数日間その職人さんのところに行きました。その方が、後に自分の師匠 となる佐藤阡朗先生です。仕事のことは当時何もわからなかったのですが、手伝いながらいろいろなお話を聞かせてもらいました。先生は、「漆ってこんなに面白いんだよ」と教えてくれました。全国には個展を開いたり、公募展に作品を出したりしている人もいて、漆には請負以外にもいろいろな仕事があるということを知りました。そこで「この先生に習いたい。漆をやりたい」と思ったんです。

佐藤先生のところから帰って会津若松駅に迎えに来た父親に、「跡を継ぐ」と言いました。喜んでいましたね。跡を継ぐ条件として、佐藤先生のところで学びたいということも伝えました。ただ、当時は漆の扱いがまだ何もわからない状態だったので、まずは基礎を身につけるため輪島にある漆の学校に 2 年通い、卒業後に佐藤先生のところへ行きました。佐藤先生のところでは3年半修行しました。

- 佐藤先生との出会いが大きかったのですね。会津に戻られてからの活動はいかがでしたか。

仕事場の作りや、使う道具の名前や形は、産地によって全部違うんです。佐藤先生は石川で学んでいた方なので、私が学んだやり方は会津のそれとは違いました。父親の道具では仕事ができなかったんですよね。だから、倉庫にしていたところに自分の工房を作りました。

最初は作品も取引先もなく、展覧会ももちろんできないので、請負から始めました。父親の取引先の方が「息子が帰ってきたなら」と仕事をくれたり、蒔絵の作家さんの作品の、ベースの塗りまでを作ったり。作家さんの下請けのような仕事ですね。いいものを作ってくれれば価格にこだわらないという方もいて、人間国宝の方からはこういったベース作りの仕事や、人間国宝認定パーティーの記念品の盃を作る仕事をもらったりしました。父親とは別で一人でやっていたので、ちょっとお金ができたらオリジナルの作品を一品作るという感じでした。個展どころかグループ展も難しかったですね。頑張ってやっと 5 種類作った記憶があります。

- 駆け出しのころは本当に大変ですよね。少しずつオリジナル作品も増えていったかと思いますが、現在制作をする上でのポリシーなどはありますか。

自分はアーティストや芸術家ではなく職人だと思っているので、よほどでないと一点ものは作りません。漆は生活工芸だと思っているので、必ず複数作れるもの、繰り返し作れるものをと考えています。「漆芸家」というよりは「塗師」ですね。「塗師」というと赤や黒を塗るというイメージですが、漆だけでなく木地や蒔絵も学んできたので、漆に関わる全体の技法でものづくりをしたいという気持ちがあります。

- 東京での個展は初めてということですが、どのようなお気持ちですか。

見てくれる方が東京に多いので、よかったと思います。ご覧いただけるものが少ないと満足いかないのではと思ってしまいますが、今回は会津の伝統技法から玉虫塗や四分一塗まで、いろいろな技法の作品を揃えることができたのでよかったです。

- 確かに、今回の展示作品は実にバリエーション豊かです。新作にはどんな作品がありますか。

今年から作り始めたのは、銀ヘラ目の作品です。そのほか、輪花の楕円皿の大きいサイズとか。お客様からのご要望にお応えして作ったものです。

- 冨樫さんはお客様からのご要望に丁寧に対応されている印象があります。

自分はアーティストではなく職人で、作ることのプロだと思っています。そしてシェフや料理人は盛り付けのプロ、テーブルコーディネーターは飾ることのプロです。自分ではバランスがいいと思って作ったものを「サイズがおかしい」とか「これだと使いにくい」と言われることもありますが、逆に勉強に なるので積極的に取り入れています。使い手の方の意見というのは参考になりますね。全部メモして、一回作って出してみて、反応を見て。それで「みんなはこういうものを気に入ってくれるんだ」とわかったり。もちろん、できるかどうかは木地師さんに聞いてみなければわからないこともありますし、金額との兼ね合いもあります。それでも自分は「作家」ではなく数を作れる「職人」なので、できる限り対応していきたいと思っています。

- 西洋風のデザインの作品もたくさんありますね。この作風は何がきっかけで確立されていったのでしょうか。

子供の頃に親に買ってもらったのが、世界の国々を紹介した図鑑と世界地図でした。ぼろぼろになるまで見ていました。外国に興味があったんです。バックパッカーみたいに世界を放浪したいと思っていました。修行に入ってしまったので放浪はできなかったけれど、ツーリストとして何カ国か旅行しました。特にヨーロッパの食べものや文化、クラシック音楽などが好きです。美術館にも行きましたし、一番好きなのはアンティークショップや蚤の市を見て歩くことですね。それで、複雑な装飾のアンティーク品を見ながら「これは全部漆でできるな、作ってみよう」と思ったんです。最初に作ったのは香水瓶でした。ハンガリーのアンティークショップで小さな香水瓶を買ってきて。29 歳くらいのときです。そこからゴブレットやワイングラスも作るようになって、西洋風のものが増えていきました。

- シンガポールの HULS Gallery では玉虫塗の作品が人気ですが、海外のお客様に見ていただきたいポイントはありますか。

自分は職人なので、超絶技巧を目指しているわけではありません。漆の世界では、刷毛目がないとかごみがついていないとか、塗りの綺麗さに注目することが多いですが、私は一つひとつ削ったりしながらデザインを練って作っているので、全体的なバランスを含めて見ていただけると嬉しいです。

- 海外から翻って、会津のお話も伺いたいと思います。今回は伝統技法の作品も多数出品されていますが、ご出身地である会津の特徴や魅力について教えていただけますか。

会津は戦国時代からの漆の産地で、古い歴史があります。城下町だったので、金銀をあしらう華やかな加飾技法が発達しました。輪島に蒔絵の技法を伝えたのも、会津の職人だったといわれています。城下町だったからこそのいい技法がたくさん残っているところが、会津の特徴であり魅力です。

- 会津は木地師が少なくなってきているそうですが、塗師についてはいかがでしょうか。

塗師が一番少ないです。でも志望者はいて、圧倒的に女性が多いです。会津には私も講師をしている漆の学校があり、毎年4人ずつ入学します。私の弟子はみんなその学校の卒業生です。

- 若い職人さんの状況について、伝えたいことはありますか。

私の弟子もそうですが、漆をやりたいと思っても芽が出るまではとても大変です。自分は跡継ぎだったので場所や道具が揃っていましたが、今の若い職人が開業するのは、私のときより何倍も大変だと思います。今は漆がすごく売れる時代ではないですし、開業できても、何もコネクションがないところから 仕事を取ってこなければならないので、卒業後3年以内にやめてしまう子がほとんどです。会津の漆の学校は現在 19 期で、これまでの卒業生は 80 人近くいますが、今も漆の仕事を続けている卒業生は一桁しかいません。そのくらい、漆では食べていけないんです。

だから私は、受注した仕事のうち一部は弟子に回しています。他にも、ギャラリーさんにお願いして弟子との「二人展」をやったり、テーブルウェア・フェスティバルに一緒に出展したり。ある程度軌道に乗るまで一緒にやって、大丈夫だなと思ったら手を離す。そうして、独立して 4 年目の弟子は今やっと目処が立ってきた感じです。他産地も似た状況かと思います。

- 展示をご覧いただいた皆様へ一言お願いします。

東京ではグループ展は経験がありましたが、個展は初めてです。個展だとたくさんの作品を出品できるので、普段の東京の展示では絶対に持ってこられないくらいの量を持ってきました。開催場所によって客層も好みも違うため、普段は場所に合わせて作品を選びますが、今回は会津の伝統技法、四分一塗、 玉虫塗など、今制作しているものを全てご覧いただけるようになっていたと思います。今回のお客様からの反応で意外だったのは、普段四分一塗を購入いただく方が、ここで伝統技法を見て「伝統技法の作品もいいね」とおっしゃっていたこと。また、触ってみないと質感は伝わらないので、実際に触って持って みて、いろいろな種類、さまざまなテクスチャを楽しんでいただけていたら嬉しいです。

冨樫孝男さんコレクションページ:
https://store.hulsgallerytokyo.com/collections/takaotogashi