《⽇本酒コラム》第3話:岡山県

文:茂村千春

岡山県の日本酒の特徴

岡山県のお酒には長い歴史があり、古くは万葉集で「吉備(きび)の酒 *1 」と詠まれるほど、当時から親しまれていたことがうかがえます。岡山県内には、吉井川・旭川・高梁川(たかはしがわ)という三本の一級河川が流れていて、その周辺には広大な平野が広がっています。水源の多さと栄養豊富な土、日照時間の長さなど、良質なお米が作られる条件が揃っています。

この恵まれた土地で作られる酒造好適米の中でも、代表的なものは「雄町(おまち)」というお米です。雄町の歴史は、古く江戸時代まで遡ることができる日本最古の原生種です。もともとは野生の穂だったものを栽培したのが始まりとされています。この雄町をルーツに「山田錦」や「五百万石」などが誕生し、現存する酒米の約3分の2の品種がその系統を引き継いでいます。

元が野生種である雄町は病害虫に弱く、背丈が高いために倒れやすいという弱点があることから、一時は生産者が減り、幻の酒米と呼ばれるほどになりました。しかし、雄町の復活を強く望む酒蔵などの尽力により生産が復活します。今では、雄町の生産量の 95%を岡山県が占めています。雄町で仕込んだお酒は甘みや旨味の厚みがあり、まろやかな味に仕上がるのが特徴です。そんな雄町に魅せられた人を「オマチスト」と呼びます。

岡山の代表的な日本酒

岡山が地理的条件や気候において米作りに向いていることは、前述した通りです。良質なお米、豊かな水源、さらに優秀な作り手(備中杜氏(びっちゅうとうじ))が揃った岡山では様々な日本酒が造られています。菊池酒造では農薬・肥料・除草剤を使わない自然栽培のお米で仕込んだお酒「木村式奇跡のお酒」という自然派の日本酒が作られ、日本やフランスで賞を受賞しています。「酒一筋」を醸す利守酒造(としもりしゅぞう)は、酒米の赤磐雄町(あかいわおまち)*2を復活させた歴史のある酒蔵です。備前焼の大甕で酒造りを行なうなど、様々な挑戦をされています。

酒器に合わせた日本酒

今回の酒器に合わせた日本酒は、辻麻衣子さんが杜氏を務める御前酒蔵元 辻本店の「御前酒 1859」です。御前酒という名称は、創業当時、旧美作勝山(みまさかかつやま)藩主三浦家への献上品であったことに由来しているようです。1859という数字は、酒米としての雄町の歴史が始まった年です。この「御前酒 1859」は、酒米は雄町、酒母は菩提酛(ぼだいもと)*3という手法で仕込まれたものです。菩提酛というのは、室町時代に奈良で編み出されたとされる伝統的な酒母(しゅぼ)作りの製法です。

では、まずは冷たい温度で頂きます。香りは、ヨーグルトのような乳酸の優しい香りがします。口に含んでみると、舌に少しシュワッと細かい泡を感じ、味わいはしっかりした酸と上品な苦味と旨味。余韻はすっきりとした印象です。雄町らしいふくよかな広がりのある旨味とフレッシュな酸がとても食欲をそそります。料理を合わせるとすれば、シンプルに野菜の糠漬けや、お肉やお魚の味噌漬け、クリームチーズの味噌漬けも合いそうです。豚の角煮など、どっしりとしたお料理でもすっきりとした味わいに変えてくれそうなので、色々なお料理を合わせたくなります。

少し温めて頂いてみます。43℃くらいにしてみました。香りにさらにまろやかさが加わり、優しくなりました。味わいも少し甘みが出てきたように思います。余韻も少し長くなり、おっとりした性格になったように感じます。

今回の酒器は、藤田祥さん作の備前焼の徳利とぐい呑です。どちらも土の特性や風合いを生かした作品なので、軽くて爽やかなタイプのお酒より、自然な乳酸の香りや、しっかりとした味わいがあるものが良いと考えました。徳利を手に取ると、土のざらざらした感触もあればつるつるした面もあり、ひんやりした温度が心地よく、思わずそっと手で包み込みたくなるような気持ちになります。ぐい呑は、粘土遊びをしていた時に手のひらに感じた心地よさを思い出させてくれる質感です。自然の地層を感じさせてくれる色合いの層にも、じっと見入ってしまいます。

お酒の作り方や背景と、酒器の持つ風合いを合わせてみるのも面白い合わせ方の一つではないでしょうか。

注釈)
1/万葉集 巻4 554 古人のたまへしめたる吉備の酒病めばすべなし貫簀賜らむ
2/岡山県赤磐市軽部産のものを指す。岡山県の利守酒造の登録商標。
3/奈良の菩提酛と岡山のものは作り方が異なる。お米を用いてそやし水を作る奈良とは異なり、岡山では少量の米麹に水を加えてそやし水を製造する。10〜20日ほどでできあがったそやし水を加熱殺菌し、蒸米と麹を加え、約1〜2週間で酛が完成する。

《茂村千春 プロフィール》

大阪府茨木市出身。日本酒好きが高じて2014年に唎酒師の資格を取得。2017年より東京の「エコール辻」で日本料理を学ぶ。2019年5月から料理家である姉・茂村美由樹と始めた「広尾おくむら」での「週1おばんざい」は、好評を得ながら継続中。「日本料理や日本酒の魅力を伝える」ことを目標に、料理教室やイベントなど、精力的に活動を続けている。

■ギャラリーからのおすすめ酒器(岡山県)

馬場隆志 窯変蒼ぐい呑(¥22,000)
登窯での焼成でさまざまな条件が重なり、窯変による美しい青色が生まれました。土と炎だけで発色した色とは思えないほどの鮮やかな青は、やきものの神秘を感じさせます。彫刻を学んだ作家の美意識が見て取れる、洗練された造形もみどころのひとつです。

馬場隆志 黒徳利(¥16,500)
艶やかな黒が印象的な徳利。黒く発色する鉱物を土に混ぜ、焼成中に表面の土が溶ける事で光沢が出ます。高温で焼成することによってできる溶けた灰の流れも、良い景色を作っています。

藤田祥 備前地層ぐい呑(¥9,900)
4種類の粘土が層になっている備前の土を使い、菊練りもロクロ成形も行なわず、手びねりで成形しています。原土のままの地層の表情がよく表れた器肌に、赤く発色した緋襷の景色が、備前焼の素朴な美を見事に表現しています。

藤田祥 彩備前面取りぐい呑(¥9,900)
作品全体を大量の藁で包み、サヤに入れ、さらに炭をくべて強還元で焼成しています。面取りのシャープな形状とメタリックな色合いが印象的。お酒を注げば、きらきらと輝く表情を楽しめそうです。

藤田祥 備前徳利(¥22,000)
首元から胴にかけて降り掛かった松灰による「胡麻」、灰黒色の「桟切」、約400年前の古備前を再現した「あばた高台」など、多様な表現技法が見られます。備前焼の中でも代表的な景色が融合した、みどころの多い作品です。

森大雅 のたりのたり白ぐい呑(¥11,000)
「のたりのたり」というオノマトペから着想を得て生まれた、個性的な造形が面白いぐい呑。表面に波のような揺らぎがついています。現代備前の表現の幅広さを教えてくれる作品。

森大雅 片口(¥16,500)
ずっしりとした存在感のある片口。ざらざらとした土の質感や、薪窯によるさまざまな焼けの表情がみどころ。花入としても使用できます。