作り手の声:塗師 冨樫孝男さん VOL.2(JP ONLY)

HULS Gallery Tokyoにて2024412日から24日まで開催された、塗師 冨樫孝男 作品展『漆の用と美』。福島県会津若松で生まれ育った冨樫さんは、「塗師一富」の三代目として、「会津玉虫塗」「四分一塗」などの技法を用いて多彩な漆器を制作されています。HULS Gallery Tokyoでは2回目となる今回の企画展に合わせて、作品の見どころや新作についてお話を伺いました。

*前回の企画展でのインタビューはこちら

- 今回の展示内容について、ご自身の中で意識されていたことがあれば教えてください。

前回の展示では、赤黒のお椀や会津の伝統的なお椀など、弟子の頃から作ってきた一般的な漆器が半分、自分らしい銀色や玉虫色の漆器が半分という内容でしたが、今回はほとんど自分らしい表現の作品でまとめました。

- 前回よりさらにバリエーションが増えているなと感じました。新作はありますか。

今までのプレートはフラットなものが多かったのですが、今回は四角や八角、隅切などの角皿で、斜めに縁が付いたものも作りました。こうした縁付きの角皿はコストがかかることもあって作る方が少ないのですが、新しいデザインとして作ってみようかなと。蓋物では珪藻土と漆で模様付けした「ヘラ目」や、和紙を使ってテクスチャーを付けたものを出品しました。テクスチャーの表情はそれほど好き嫌いなく受け入れられやすいですし、雰囲気も出ていいかなと思って作っています。プレートの四隅などに文様を入れることはありますが、基本的にはシンプルに留めています。

- 「レザー調」や「べっ甲塗」も新しく取り入れたとお聞きしました。

どちらも20年ほど前に作っていたのですが、思い出しながら久しぶりにやってみました。「べっ甲塗」は水面転写の技法です。水と漆は混ざらないので、水の上に漆をべっ甲のような模様になるようにかけ、そこに器をつけて転写します。どのような柄になるかは一発勝負です。

「レザー調」は和紙を着せる「一閑張いっかんばり」という技法をアレンジして作りました。オリジナルの作品を作るときは、使用する上で問題がないように漆器作りの手順は守りつつ、例えば油絵で使うペインティングナイフを使ってみるなど、漆以外のものからも着想を得ながらアレンジしています。

- 冨樫さんの作品の中心である「会津玉虫塗」や「四分一塗」についても教えてください。

どの工房にも江戸時代の漆の技法書のようなものがあると思うのですが、そこに正式に書いてあるのは「玉虫塗」と「四分一塗」と「鉄錆塗」だけなんです。「ヘラ目」や「冬枝」といった表現は、それらを発展させてオリジナルで作っているものです。錫を蒔いて金属感を出したり、金箔や銅箔を使ったり、絞り出した鉄錆塗の上に四分一塗を重ねるなど技法と技法のミックスで作ることもあります。「会津玉虫塗」は純銀の上に赤の漆を塗るもので、「四分一塗」は漆を塗った上に錫を蒔き、さらに漆を塗ります。漆で錫粉を挟んで固めるんです。錫粉の他に、炭を粉末状にしたものと、それらをミックスしたグレーがかった中間色の3つを使います。ここは黒でここはハイライトがいいかなというように狙って蒔いていきますが、狙った通りの柄にはならないですし、季節によっても模様の入り方が違ってきます。

- どのような違いが出るのでしょうか。

漆が乾く速度による違いです。例えば四分一塗だと冬の方が面白い柄が出ます。夏は暑く湿度があるのですぐに乾き、滲まずくっきりとした柄になりますが、冬は漆がゆっくりじんわりと乾くので、いろいろな色を蒔き分けるときにグラデーションになって面白い柄になりやすいんです。逆に会津玉虫塗は夏の方が綺麗なワインレッドに塗れます。温度と湿度が高く、漆が自然に硬化するためです。会津は雪国なので、冬はストーブや加湿器で人工的に温度と湿度を上げるのですが、そうすると黒っぽい仕上がりになります。ですが時間とともに鮮やかさが増していきます。

- これからやってみたいことはありますか。

すごくたくさんあります。木地は、例えばサイズ違いで20個ずつというように、木地師さんにまとめてお願いするので、形やサイズ、デザインのラインナップを揃えるには時間がかかります。自分は個展ができるだけの種類を揃えるのに10年ほどかかりました。段々とバリエーションが増えてきたので、弟子時代に習ったけれど今まで作ってこなかった形状にも挑戦したいなと思っています。例えば、今は丸いお皿がフラットなものしかないんですよね。工房にいると全ラインナップを並べることがないので、こうして展示させてもらうと何が不足しているか気づきます。お皿はいろいろな形やサイズを買い足したり、一番使うものだったりするので充実させたいですね。また、最近は四分一塗が大多数になっているので、会津玉虫塗や渋いブラックなど、漆らしい塗りの作品も増やしていきたいです。

- 最後に、お客様へメッセージをお願いします。

昔の漆器は、使うだけでなく見て飾っても楽しいものがたくさんあります。自分もそれを意識しているので、「漆ってこんなに面白いんだ」「従来の漆のイメージが崩れた」と思っていただけたら嬉しいです。また、必ず用を満たすように作っています。《チョコレート》もすべて蓋物になっていますし、熱湯を入れるようなものはそれに耐え得る作り方をしています。見て使って楽しんでいただきたいです。

冨樫孝男さんコレクションページ:
https://store.hulsgallerytokyo.com/collections/takaotogashi