作り手の声:陶芸家 熊本象さん(JP ONLY)

HULS Gallery Tokyoにて2026年10月9日から24日まで開催中の赤水窯 熊本象 作品展 『響きあう景色』。東京では4年ぶり、HULS Gallery Tokyoでは初めての個展となる貴重な機会に、素材との向き合い方や、釉薬表現の広がり、そして唐津という土地で制作することへの思いについてお話を伺いました。

- 展示に向けて意識されたことはありますか。

HULSさんの空間で展示するのは初めてだったので、この空気感の中でどのような作品が合うのかを考えました。素材を変えてから、いろいろな作風に取り組んでは模索することを繰り返し、自分の中では少しずつまとまりつつありましたが、それでも何を出すか、何をやめるかという迷いはありました。そうやって展示作品を選ぶ過程で、コロナ禍以降の自分の作品を改めて整理することができたので、今回は今の自分の仕事を総括するような展示になったと思います。

- 以前は磁器を中心に制作されていたそうですが、素材を唐津の陶土へと転換されたきっかけは何だったのでしょうか。

大きなきっかけの一つは、自己紹介をするときに感じていたもどかしさです。唐津で制作していると、「唐津焼を作っているのですか」と聞かれます。「いえ、素材は磁器なんです」「磁器なんですね」「はい、有田焼と同じ天草陶石というものを使っています」「そうなんですか。では、有田焼なんですか」「いえ、有田焼ではなくて、オリジナルの釉を使っていて……」と、原料や釉薬についてたくさん説明する必要がありました。作品そのものを見て好きかどうかを判断してくださる方には、それほど問題はなかったのですが、産地や作家の背景に関心を持つ方には、少しわかりにくい存在だったと思います。

そうした経験を重ねる中で、次第に唐津という土地で制作する意味を見出していく必要性を感じ始めました。ちょうどその頃、コロナ禍になり、制作について深く考える時間ができたんです。それなら思い切って、地元の素材に振り切ってみようと。展示会が続いていると、作品を作り続けることが中心になり、コンセプトを練ったり、大きく展開したりする時間はなかなか取れません。そういう意味では、コロナ禍は自分の仕事を見つめ直す良い機会になりました。

- 制作で大切にされていることはありますか。

磁器を長く作ってきたので、手の動きや造形の感覚が、磁器の作りをベースにしているところはあると思いますね。土ものにしては、比較的薄く作っている方だと思います。一般的な唐津の土では、強度の問題などもあり、ここまでの薄作りはなかなか難しいです。

これまで磁器で培ってきた手の癖やデザインの感覚を、どこまで残しながら唐津の土に置き換えていけるか。素材が変わったからといって、これまでの仕事をすべて切り離すのではなく、磁器で作ってきた造形を陶器の素材感の中にどう落とし込んでいくか。そのバランスを探りながら、自分なりの表現を目指しているところです。

- 唐津の土も、作品に合わせて選ばれているのでしょうか。

唐津の土というと、一般的には砂目の強い、少し粗い土を連想するのですが、他にもいろいろな種類があります。僕が使っているのは、その中でも一番白くてきめの細かい土です。以前から薄作りの型押しの器を作ってきたので、そうした造形には、この土がよく合います。薄作りでもうまく焼き上がりますし、色釉との組み合わせもしやすい。下地が白いと、色釉がきれいに発色するんです。少しくすませたいときには、赤土をブレンドして下地のトーンを変え、風合いを出すとか。白い土を軸にしておけば、そこから調整しながら作品に合わせて展開できます。

- 唐津で制作する意味を考えての取り組みなのですね。

はい。今のところ、見た目はいわゆる唐津焼らしい作品ではありませんが、まずは素材を唐津のものに変えることから始めて、少しずつ、自分なりにどう消化していけるかを考えている途中です。磁器の頃の仕事を唐津の土に合わせて、今回はHULSさんの空間に合わせて。今回展示している《輪花》の皿や鉢も、以前は洋食器にも通じるような艶のある仕上がりでした。それはそれで清潔感があって良かったのですが、唐津焼の器と一緒に並べると、水と油のように親和性がないので、今回は少し艶を抑えて、マットな質感に仕上げました。それだけで、唐津焼と並んだときにマッチするんです。少し枯れたような感じを出すことで、唐津焼の横にあっても違和感のない雰囲気に、少し近づくことができたと思っています。

-《彩色印花茶器》は、どのようにして生まれたのでしょうか。

以前小さな茶器を制作したことがあり、そのときも花の三島模様を取り入れ、少し色を加えるというアプローチをしたのですが、自分の中では納得のいく仕上がりになりませんでした。そこで今回、きちんと完成させたいと思い、印花の位置を変えたり、釉薬のテクスチャーを見直したりしながら再構成しました。この茶器にはさらっとした手触りの、焼き締めのような質感の釉薬を使っていますが、当時はくすんだアイボリー色のものしか持っていませんでした。その後の制作を通じて釉薬のパターンも増えたので、今回は純白にしてみようかなと。焼き締めのような質感の白と、色絵の光沢との間にはっきりとコントラストが出ます。質感の違いを組み合わせることで、それぞれの表情が引き立つようにしました。

- 今回は白を基調とした作品のほか、三彩など色彩豊かな作品も印象的です。釉薬の表現は、どのように広がってきたのでしょうか。

釉薬の調合は、修業時代からずっと続けています。師匠の岡晋吾さんからも、独立したときに自分のカラーを持てるよう、修業2年目くらいから自由に釉薬のテストをしてみるようにと言われていました。それで毎回、窯を焚くたびに、隙間に何十個ものテストピースを入れて試していました。そうやって釉薬を作っていくのが楽しかったですね。

- 釉彩の作品について教えてください。

自分のメインの活動とは異なるものですが、以前、2月の「猫の日」に合わせた展示があり、そういうアイテムがあってもいいかなと思い、猫の小皿を作るようになりました。当時家で飼っていた猫を図案にして小皿の中央に添え、器の色合いは釉薬を掛け分けていろいろと遊んでみるという方法をとったんですね。

お皿の内側と外側とで2種類の異なる釉薬を掛け分けると、ふたつの釉薬が重なった部分に思いがけない色合いが生まれます。最初は即興的に組み合わせていて、掛け合わせ次第でさまざまな色合いが出ることがわかってきたので、少しずつ試しながらそれらをパターン化していきました。そこから、今の釉彩の表現へと発展していったような感じです。それまでは釉薬を混ぜ合わせることはしていなかったので、意外な収穫でした。モデルになった猫はもう亡くなってしまったのですが、大事なきっかけをくれた存在です。

- 特に注目してほしい作品やシリーズはありますか。

三彩は力を入れていきたいなと思っています。思い起こせば、岡晋吾さんのところで釉薬のテストをしてできたものの中に、「これで行こう」と思った釉薬がありました。それは、三彩に近いものだったんです。三彩にもいろいろなバリエーションがありますが、その中にブルーの釉薬を流した「藍彩らんさい」があります。このとき生まれたのは、それに近い表現でした。

中国の唐の時代の器に唐三彩というものがあります。この時代は、白磁が完成される前の、釉薬を試行錯誤していた時代で、幅広い表現が見られます。そういう時代のものは、造形にも釉薬にもけっこう面白さがあるんです。以前からそういうものを見ていた中で、自分の釉薬のテストから唐の藍彩に近い表現が生まれたのは、自然な流れだったのかもしれません。今になって改めて三彩に取り組んでいると、結局ここに戻ってきたんだな、という感覚があります。自分の中に、こうした表現への関心がずっとあったのかなと思います。

- 最後に、お客様へメッセージをお願いします。

器については、これまで本当にたくさんの作品を作ってきました。資料を見返したら、作品のナンバーが1,280ほどになっていたんですよ。作ってはやめ、作ってはやめ、ということを繰り返し、展示会のために一度だけ作ったものもありました。それだけいろいろ作ってきた中で、今回持ってきたものは、本当に日常に溶け込むようなものとして生き残ってきた作品です。僕の中でも、間違いのない器を持ってくることができたと思っています。酒器なども含め、これまで試してきた釉薬表現の中から、今面白いと思っている表現をHULSさんの空間に合う形でお見せできたかなと思います。

熊本象さん(赤水窯)コレクションページ:
https://store.hulsgallerytokyo.com/collections/akamizugama